インレー湖で田舎暮らし

ミャンマーブログ。国際結婚してインレー湖の田舎町に移住。現地での生活や育児などの日常。

子育て中のお母さんにこそアドラーを読んでほしい

日本に帰ったら絶対買おうと思っていた、「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」
哲学や心理学に興味があったので、ずっと読みたかったのです。

いざ読んでみた感想は、生後9ヶ月の子育てをしている私にとってまさにためになる!!
この「嫌われる勇気」と「幸せになる勇気」はベストセラーになりましたが、
子育てするお母さんたちにこそ読んでほしい
(あと、教育者である学校の先生方にもぜひ!)

人間を育てることについて、とっても大事なことが書かれています。  

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

特に「幸せになる勇気」の方に、「教育」について深く書かれています。
本からの言葉を引用しながら、教育や育児・子育てについて重要な部分をまとめていきます。 

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

私も読んで学んだことを、娘の子育てに活かしていこうと奮闘中です!!
さて!

 

アドラーは「教育の目標=自立」と言う。

よちよち歩きの赤ちゃんが、二本足で立つようになり、言葉を覚え、周囲の人々と意思の疎通を図れるようになっていく。
つまり人々はみな「自由」を求め、無力で不自由な状態からの「自立」を求めている。

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アドラーは、「自立」を促すのが、教育である。と言います。
教育とは「介入」ではなく、自立に向けた「援助」である。

例えば、信号は青になったら渡って良い。赤なら渡れない。
これは学ばなければ命に関わる問題です。
社会で生きていく限り、覚えるべき社会のルールはありますよね。
社会で生きて行くためのルールは「自立」への援助として、教える必要がある。 

一方で、「宿題やったら遊んでもいいよ」などの介入はいらないということ。

"「自分で決めていいんだよ」と教えること、自分の人生は、日々の行いは、全て自分で決定するものだと教えること。
そして決めるのに必要な材料ー例えば知識や経験ーがあれば、それを提供していくこと。それが教育者のあるべき姿なのです。"

いつ宿題をやるのか、いつ遊ぶのか、親が介入せずに子ども自身で決められるように援助する。

子どもたちが失敗した時は、親である私たちの責任も問われるかもしれない。
でも本当の意味で人生の責任を取らされるのは子ども本人なのです。 

"子どもたちの決断を尊重し、その決断を援助するのです。
そしていつでも援助する用意があることを伝え、近すぎない、援助ができる距離で、見守るのです"
たとえその決断が失敗に終わったとしても、子ども達は「自分の人生は、自分で選ぶことができる」ということを事実として学んでくれるでしょう。

教育の入り口は尊敬。

子どもから親への尊敬のことではありません。
親が自分の子どもを尊敬することから、教育が始まるアドラーは言います。

「尊敬とは、その人が、その人らしく成長発展していけるよう、気づかうことである」

子どもたちがつまらない遊びに熱中していようと、マンガやゲームなど役に立たなさそうなものばかりに時間を使っていようと、それに関心を寄せてみる。
一緒にやってみたり、ともに楽しんでみる。

"その時はじめて、子ども達は自分が認められていること、ひとりの人間として「尊敬」されていることを実感する。"

親たちは子どものためを考えて、「もっと役立つもの」や「価値のあるもの」を与えようとしがちだけど、まずは子どもの自然な関心を認めること。

ありのままを尊重すること。
あなたは「あなた」であるだけで、価値があるんだよ、と伝えることにもなります。

親が身をもって「尊敬」することを実践することで、子どもにも「尊敬」することを教える。
「尊敬」と「愛」はいかなる権力者であろうと強要することはできません。
自分が子ども愛し、尊敬し、初めて教えられることなのです。 

アドラー流教育。叱ってもいけない、ほめてもいけない 

アドラーは、子ども教育する時に叱ってもほめてもいけないといいます。

叱ってはいけないのには2つの理由があります。
①それが悪いと知らない可能性
例えば、子どもは幼い時に平気で虫を殺したりします。
それは、単純にそれが悪いことだと「知らない、あるいは分からない」だけの可能性があること。
それは、厳しく叱るのではなく、教えることが必要。

②注意を引きたいから
子どもが悪いことをするのは、もしかしたら注意を引きたいからなのかもしれません。
問題行動を起こすのは、親の注意を引きたかったり、構ってほしいから。
何でも反抗するのは、自分が認められてないと感じて「自分の力を証明したい」から。
叱るのではなく、本当に求めていることが何かをくみとり、その欲求を満たしてあげることが大事。 

叱ることと怒ることはほとんど同義
叱ると怒るを区別している人もいると思いますが、アドラー叱ると怒るはほぼ同じことだと言います。

例えば、夫婦で意見が食い違い、喧嘩になりそうになると、声を荒らげたり、机を叩いたり、涙を流したりして、相手を威圧して自分の主張を通そうとする場合があります。
それと、子どもを叱ることはほとんど同じ。

言葉でのコミュニケーションをおろそかにして、手っ取り早く相手を屈服させようとする愚かな行為。

 「怒っているんじゃなくて、叱ってる」という人もいますが、暴力的な「力」を使って相手を押さえつけようとしている事実には変わりない。
怒りや暴力を使うコミュニケーションには「尊敬」が存在しないのです。

つまり、叱ったり、怒ったりすることは教育とは言えません。

ほめてもいけない
ほめるというのは、目上の人間が目下の人間に対してする行為である。アドラーは言います。
子どもをひとりの人間として尊重するなら、目上も目下もなく、親と子は対等な立場であるから。
また子どもをほめると、「ほめられること」や「しかられないこと」を目的として従うようになっていきます。

親がほめて育てると、承認欲求にとらわれ他者から認めてもらうことを願うあまり、いつの間にか他者の要望に沿った人生を生きることになっていく。
つまり、他者の人生を生きることになってしまいます。

アドラーを子育てに活かす まとめ 

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子育て、教育をする時に忘れちゃいけないのは、
親は子どもの「自立」を援助する立場だということ。
子どもの人生に介入してはいけないし、支配してもいけない。
子どもには、つい手取り足取りやってあげたくなってしまうけど、それでは自立には繋がらないんですね。

子どもだろうが、ひとりの人間として「尊敬」する。

尊敬しているからこそ、叱らず、ほめず、子どものどんな判断でも尊重する。
あなたは「あなた」であるだけで、価値がある、ということを伝えていこう。
親が子どもへの尊敬を自ら実践する。

子どもが「自分の人生を自分で決めて生きていける」ように。
アドラー流子育て、実践中です!
子育てに悩んでいるお母さんたちの指針になってくれるような教えが書かれています。

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII